看取り士日記(287)~暮らしの中で~
なずなの花の可憐さに、捧げる愛を教えられる季節。
「退院して自宅に帰ることにします。来週の医療、看護チームの方たちとの在宅看取りの為のカンファレンスに参加していただけないでしょうか」と依頼が入る。
一か月前、ガンの再発後、考えに考えた結論は無理矢理生きさせたくないということ。
医療をどこまで使って納得できるのか。どこまでがんばらせるのか。枯れるように自然にと覚悟を決められた娘さんご家族とお父様の想い。受け入れてもらえるのだろうかという不安は、この地域の方々の温かい人柄に救われ一瞬で消えていった。
翌日から娘さんとお父様の自宅での最後の一週間の暮らしが始まる。
「父の家で暮らせる時間は、もしかしたら私にとってゆっくりできる時間になるのかもしれません」とおっしゃる娘さん。
いつもそこにいたという机の見えるすぐ横の居間のお部屋に、ベッドを据えてくださる。訪問看護師さんは毎日、ヘルパーさんも日に三回入ってくださる。
お好きだったというベートーヴェンの「田園」が流れている。枕元の金魚鉢では金魚がゆらゆらと泳いでいる。明るい日の光と温かくて静かな場が整っている。
三日後、離れて暮らすもう一人の娘さん、そして一緒に暮らした三人のお孫さんたちに死生観を伝えて欲しいから……と再びお伺いする。娘さんは長い間の嫌だったことやいろんな想いを、一方的だったけどお父様に話ができ清々しいと話してくださる。
二日後、最期は「田園に住みたい」と望まれた空気の澄むこの場所から、満天の星空へ静かに旅立っていかれた。
お医者様が帰られたあと、おじいちゃんと男同志でお風呂に入るという大役を仰せつかっていた、まだあどけないお孫さんが宿題を終え、ベッドの下で眠り始めている。
いつもの暮らしが続いている。
それぞれの人に役目があり、活かし繋がれることの素晴らしさを、身をもって教えてくださったお父様とご家族に、ご家族に関わってくださった全てのみなさまへ感謝 合掌
担当看取り士 岡亜佐子