看取り士日記(299)~海よりも深い愛で~
桜草の可憐な花が一輪花開いた頃。
従兄弟から特養で暮らす伯母の体調が良くないと連絡をもらい、施設へ向かった。
「久美子は娘と同じ」と私をとても可愛がってくれた伯母は、眼を閉じて肩で息をしていた。耳元で「おばちゃん。久美子が来ましたよ。傍にいますからね」と囁くと、かすかに頷いた。
疲労と、これからどうなっていくのか不安と恐れでいっぱいの従兄弟達に代わり、私が泊まることになった。従兄弟達が帰宅する前に、伯母の身体にやさしく触れてもらう。老衰のこと、せん妄のこと、本人はそれほど苦しくはないこと、呼吸が荒くなった時は伯母と呼吸を合わせると楽になること、声をかけてあげて欲しいことを伝えた。
泊まり込んで二晩目。呼吸が少し弱くなり、従兄弟へ連絡する。家族が駆けつけ、一緒に泊まり込む。みんなで伯母の身体に触れながら、思い出話をする。叔父の時は傍にいてやれなかった。だから、伯母の時は絶対に最期傍にいてやりたいという強い想いを従兄弟から聞く。
翌朝、今まで「おばあちゃん、がんばってくれ!」と言っていた従兄弟が、「これで良いんだよな。病院に送らないで、ここで最期まで傍にいることが一番おばあちゃんにとって、楽で幸せなことなんだよな」と言った。
もう一人の従兄弟も加わり、3人で交代で口の中を潤したり、優しく触れながら、声をかける。無呼吸の時間が長くなり、いよいよ旅立ちというその時、伯母は閉じていた瞼をパッチリと大きく開けて、私たちを見つめた。その瞳は海のように碧くて清らかに澄んだ綺麗な瞳。皆に抱きしめられて静かに伯母は旅立った。まるで従兄弟の覚悟が決まるのを待っていたかのように。
直ぐにコールしようとする従兄弟を止めて、思う存分抱きしめるように促す。まだ温かな身体に触れながら過ごした静かでやさしくて清らかな時間は、伯母と私たち3人だけの宝物となった。
最期まで母として海よりも深い愛で抱きしめてくれた伯母に感謝 合掌
担当看取り士 小坂久美子
文責 柴田久美子