看取り士日記(301)~娘さんたちの温かい手の中で~
椿の花が寒風の中で美しい花を咲かせる季節。
独居の恵さん、98歳。在宅での月1回の往診。
1月30日、娘さんより恵さんの様子がおかしいとの連絡があり、往診。
心不全の状態で、主治医よりかなり厳しい状態だと娘さんたちに説明があった。
「恵さん、病院に入院してゆっくりしますか?」
「私はどこへも行きたくありません。どうかここへ居させて」
娘さんたちも「母の希望どおりにしてあげてください」とのことで
在宅での往診呼吸が乱れたら、看取り士として桑原が入ることに。
昔話、好きだった歌……。娘さんたちとの笑顔は部屋を明るくする。
注射の嫌いな恵さんは、点滴もご自分で拒否。最期までお好きなものをお口から。
サーモンのお刺身、ヨーグルト、バナナ。お亡くなりになる前日まで
お水もとられる。「おいしいよ」と言う笑顔は天使のようだった。
「大丈夫、大丈夫。大丈夫だよ、お母さん」
娘さんたちは最期まであきらめず声をかける。
訪問時、何気に気になっていたベッド。
毎夜毎夜、ベッド柵をたたく恵さん。
そうだ! ベッドをどけよう!
ベッドをとり、いつものせんべい布団に恵さんは寝ることができた。
「恵さん、ごめんね。ベッド嫌いだったよね」
「うん」とうなずく恵さん。
その夜、いつものように訪問。
看取りの体制に……。
呼吸を合わせる……。
「ありがとう」と感謝の言葉。
「お母さん、ありがとう。お母さんの子供でよかったよ」。
「ありがとう、ありがとう」は部屋の中でこだました。
恵さんはずっと目を閉じていたが、目をすーっとあけ、娘さんひとりひとりの
お顔を見ていった。そして恵さんのお顔には微笑みが……。
「お母さんが笑ってる‼」「お母さん!ありがとう。ありがとう」
恵さんの目からは一滴の涙が流れた。「お母さんが泣いてる‼」
そして一時間の経過とともに、恵さんは娘さんたちに抱かれながら旅立った。
死にはちゃんとドラマがあることを学ばせていた恵さんに感謝 合掌
担当看取り士 桑原美和
文責 柴田久美子
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