看取り士日記(305)~臨終後の作法~
しとしとと降る雨に紫陽花の花が美しく咲く頃。
息子様から「自宅で看取るためにどうしたらよいのか教えてほしい」と相談のお電話をいただく。病院から自宅に戻られて2日目だという。
訪問させていただくと、今日は、初めて本人から車椅子に乗るとおっしゃったご様子。息子様の喜びが伝わってくる。浮腫、腹水、胸水もあり移動するのもお辛いだろうと察するが、ご本人の、自宅へ帰ってきた喜びと生きる希望を感じる。
ご挨拶に伺うと、初対面の私に手を伸ばして下さった。受け入れて下さる深い愛を感じながら、これからどうしたいのかご希望を伺うと「腰が痛いのは困るけど、息子がよくしてくれる。さすってもらうのが一番楽になる」とおっしゃる。今は、どんな薬より息子様との触れ合いが一番幸せなのだとおっしゃった。
旅立ちはこの時と、全てを見通していらっしゃったのだろう。2回目の訪問予定日の1時間前、お父様は、息子様とお孫様に体をさすられながら穏やかに旅立たれた。連絡がありすぐに訪問させていただくと、息子様は混乱されているご様子。訪問看護師さん・主治医への対応はお嫁様にお任せし、膝枕でお父様を抱いていただくとスッと落ち着かれる。長い沈黙の後「今、私は父から命のバトンを受け取っているのですね」とお父様を愛おしそうに見つめて微笑まれた。
「犬猿の仲だから」と言いつつ、今度はお嫁様が膝枕をされると、ご本人が微笑まれたような表情になる。お嫁様は「喜んでいるのかな」と一緒に微笑まれ、穏やかな時を味わっていらっしゃる。そんなご様子を後からいらっしゃったご親族が見て「本当に幸せね」と涙を流される。
お孫様、ご親族様、ひ孫様、お孫様のお嫁様と、続々と縁ある方がいらっしゃり、皆様に膝枕で抱いていただくと、ご本人と一体となられるような感覚に言葉を失われる。「離れられなくなりますね」「こんなに気持ちいいとは」「自分の父を抱いている感覚になるね」などの言葉をいただく。
小さなひ孫様と孫嫁様がアイコンタクトでほほ笑みながら膝枕して、触れられていらっしゃる様子もなんとも微笑ましい。
ベッドから仏間にご本人が移られた後、いらっしゃったご親族様に「間に合いましたね。触れてぬくもりを受け取ってください。お待ちでしたよ」と声をかけると、固まった心が解けた様に涙を流される。
それぞれの想いは、触れること、抱きしめる事で、全て旅立たれた方の愛に包まれて解けていく。大きな愛の中で、脈々と受け継がれる命のバトン。それはまた、新しい絆となることを教えていただく。感謝 合掌
担当看取り士 白瀧貴美子
文責 柴田久美子