看取り士日記(290)~失っていく美しさの中で~
桃の花が香る季節。春めいた柔らかな陽射しの頃だった。
「いつの日か最期の時には、母を看取りたいからその時はお願いしたい」と話されていた娘さんからのご依頼。「様々なことを誰にも頼らずに暮らしてきた母が、動けなくなったとき甘えることができるのかしら。母の死なんて考えられないし不安だから、一緒に居てほしい」との事。
冬の晴れ間のある日、お元気にされていたお母様が動けなくなり、食事量も少なくなって、かかりつけ医さんに「先のことを考えましょう」と言われたからとご連絡を受ける。
最初のご相談の日、ケアマネさんも同席して、娘さんと2人に看取りの関わりについてお話をさせて頂く。
その日から8日目、娘さんからのご連絡。「一日中ほとんど寝ているようになり、お水と少しの栄養ジュースだけになりました。心配だから早く来てほしい」との事。
時折、お母様が「苦しい」と呼ばれ、呼吸あわせをさせて頂く。わずかな時間で「あぁ、楽になった」と話される。その日は娘さん2人がおられ、みんなで呼吸あわせをして穏やかに時間が流れた。娘さんは、「最期に間に合わなくてもいいから、来てほしい。できるだけ一緒に居てほしい」と話される。
その8日後、珍しく姉妹ふたりがおられた日に、ご依頼者様の腕の中で、お茶を飲まれ、大きな目で遠くを見て最期の息をされた。お電話を頂き、駆けつける。
訪問看護の方とともに娘さん2人が相談しながらお化粧をされた。その後、娘さん達にずっと看取りの作法で抱きしめていただく。その瞬間にお母様がニコッと笑われる。みんなが指さして「あっ、笑った」と叫ぶほどに笑顔になられる。お母様のあたたかいお身体をみんなで触れて、笑ったり涙ぐんだりしながら、思い出話をたくさん話される。娘さんは、優しく微笑んで「頼らず自分で何でもしてきた母から、失っていく美しさを教えていただきました」とお話し下さったことがあたたかく心に響く。
お母様は、とても美しく穏やかな笑顔で、娘さん達は足がしびれるほど長い時間抱きしめ、お母様の胸に顔を埋めたり、頬ずりしたりされながら命そのものを受け取られる。
死は命のバトンをつなぐことと教えて下さった幸齢者様に感謝 合掌
担当看取り士 西河美智子