看取り士日記(291)~抱きしめて命を重ねて~
一年に一度必ず訪れる桜が満開の時、50年咲き続けた桜が舞った。
献身的にご主人を支え続けてきた奥様が、50年添い遂げたご主人に抱かれて旅立たれた。
看取り士の派遣依頼が入ったのは息子さんからだった。
自分の余命が長くないと感じた奥様は、自分亡き後のご主人を心配してご主人が暮らしていくホームを決めてからホスピスに入られた。
一人で奥様を見舞いに行くご主人。会わずにいれば不安になるが、いざ会いに行くとどうしたらいいのかわからずに間がもたない。そして、余計なことを話してしまい奥様の気分を害してしまう。そんな日々が続く中で看取り士の依頼があった。
眠っている奥様の手を握り、ご主人が呟かれる。
「おれは、お前がいなくなったら生きてる意味がない」
蕾だった桜が満開になる頃、ホスピスの看護師さんがご主人に尋ねられる。
「お泊りになられますか」
一緒にいて欲しいとのご要望がありご主人とともに奥様のおそばに寄り添う事に。ご主人もご高齢のため家族室で休んでもらい、ひとり奥様のそばに寄り添わせて頂いた。未明に呼吸が変わる。
家族室で休まれるご主人にお声かけし、ふたりで奥様のおそばに。
だんだんと呼吸が弱くなっていく奥様。
心の中に何を思うのだろう。ただじっと奥様を見つめ寄り添うご主人。
そして、明け方最期の呼吸をご主人はしっかりと確認された。
奥様をそっと抱き起こし、ご主人にしっかりと抱きしめて頂いた。
「奥様を抱きしめてあげて下さい。私は、外におりますので。」と声をかけて退却。
奥様をしっかりと受け止めてキスをするご主人。
わたしが、部屋を出るとご主人が奥様の名前を呼びながら慟哭する声が聞こえる。
「目には見えないけれどずっと一緒におられるんですよ。桜の花も散って見られなくなりますが、一年後約束したようにまたその姿を見せてくれます」
旅立ちは命を渡し、心の中に生き続けることだと教えて下さったお二人に感謝、合掌
担当看取り士 大橋尚生