看取り士日記(282)~くちびるに希望を~

看取り士日記(282)~くちびるに希望を~

2018年11月28日(水)8:00 AM

 ブーゲンビリアの真紅の花が暑さの中、元気をくれる頃だった。

 94歳の女性を有料老人ホームに訪ねる。依頼者は娘さん(60代)。

 建物はまるでホテルのように立派である。受付では面会者名簿に記入をする。

 立派なレストランがその奥には広がるが昼食前というのに誰もいない。

 

 お部屋に入ると、30年前に私が勤務していた有料老人ホームと同じだった。女性は白い壁を見つめ、天井を見つめる日々だと言う。目を開けても何の楽しみもなく、話すこともないと言う。「声を出しても誰もいない。そのうちにナースコールも押せなくなり、運良く押せたとしても言葉を発することができないだろう」そんな不安に駆られると言う。「このまま食事を摂らなかったら静かに逝けるのに」とあきらめの言葉がこぼれる。

 正直な方である。娘さんはそんな言葉を聞きながら、自らを責める日々だったと言う。

 500 CCの点滴が終わる。この所、500ccの点滴とエンシュア(栄養剤)一本のみ。褥瘡(床擦れ)が辛く、微熱も有り、摂取なさらない事が分かっている中で「昼食に行きましょう」とヘルパーさんが車椅子に移乗。お部屋の壁にはケアマネジャーさんが作られたケアプラン表が拡大コピーで貼ってある。

 

 「これからどこで暮らしたいですか」と言うこんな質問にも無言だった。「今はこのケアプランに沿って暮らさないとみんなが困るから」とおっしゃる。「この体調の中で食堂に行かれなくても良くなられてからでも良いのではないですか」と言うが、「プランが大事だから」と食堂へといかれた。

 別れぎわ、そっと手に触れる私に「何のお構いも出来ず、ごめんなさい」とおっしゃる。

 

 今年の年初の目標に、娘さんは「明るく楽しい時を母と過ごす」と手帳に書いたと私に見せられた。

 「母は今年4月、入院して退院後、初めて鏡を見て驚きました。こんなに歳をとったのね。もう誰にもあいたくないと老いを受け入れることの難しさを口にしました。そしてその後、母は急激に弱っていきました。母とどんな会話をしていいのかわからない」そんな言葉を聞きながら、「お母様の趣味の話をなさってください」と提案する。「日に日に弱っていくは母を見ながら、私が諦めていたのですね。希望を見つめて楽しい話を探します」と微笑む娘さんの笑顔に救われた。

 

 いずれ誰もが通る道。

 自分の身体を差し出し、老いることを教えてくださった幸齢者様に感謝、合掌



«   |   »

ピックアップ!

過去の記事

代表 柴田のつぶやき

Return to Top ▲Return to Top ▲