看取り士日記(316)~ひとり暮らしの自由と尊厳~
福寿草の蕾がふくらむ頃、病院から自宅へ退院となったひとり暮らしの方のもとに伺う。ケアマネジャー様からお繋ぎ頂いた方は、放射線治療を終えてのご帰宅。ケアマネジャー様、社会福祉協議会の権利擁護の方、介護サービス様、訪問看護様、看取り士と支えさせて頂くチームでお話をお聞きする。
温泉好きな進さん(75才)は、退職後大好きなお酒を道連れに、ご自分の車で全国の温泉を巡る車上生活をされる。その後、ご病気の治療をされ認知機能の低下があるため支援の必要となられる。
お部屋に伺うと、いつもテレビがかかっている。言葉少ない進さんの会話のお相手はテレビ。24時間つけたままの生活。
桜満開の晴れの日、小さなビールを持って、「もうひとりの家族だから」とお誕生日のお祝いに。やさしい笑顔でうつむきながら「嬉しいなあ。嬉しいわぁ」と久しぶりのビールを口にされ、心に残る思い出の温泉のお話をして下さる。
温泉好きな進さんだが、実は何ヶ月もお風呂に入らず、髭も伸ばされている。お風呂に入られますかと声をかけると、その時は「今はいい」と断られ、その翌日から毎日お風呂に入られる。
在宅医の往診もお風呂の中。先生も笑顔で「動けるから元気ってことだね」と話され、湯船の中で診察が終わる。旅立ちの3日前まで、大好きなお風呂を楽しまれた。
血圧が下がり往診を受ける。「膝枕をしましょうか」と声をかけると「うん」と頷かれる。その後、少し元気を取り戻され小さな声で「ファンタオレンジが飲みたい」「大きいのを」と言われる。飲み物を準備すると、ストローからごくごく音を立てて美味しそうに飲まれる。また何か話されるが、聞き取れず、スケッチブックをお渡しすると『テレビが見たい』と書かれる。ご希望通りにテレビをよく見える位置に。
その翌日、ファンタを少し口にされ、何度も繋いだ手を握りかえされる。看取りの作法で呼吸をあわせる。じっと目を見つめてまた目をつむられる。ケアマネジャー様が玄関を開けられる時、大きく呼吸をされて穏やかな笑顔の旅立ちをされた。
主治医の先生も穏やかな笑顔に「最期まで自由に暮らして、良い看取りだった」と話され、その後も暮らされたお部屋で全ての準備が整う。
ひとりの命の尊厳の大切さと豊かさを学ばせて頂いた進さんに深く感謝、合掌
担当看取り士 西河美智子
文責 柴田久美子