看取り士日記(294)~家族の再編~
雨に打たれながら紫陽花が花開く美しい梅雨の時期のこと。看取りから奇跡的に生きる力へと変化させた幸齢者さまが、87歳の誕生日を迎えた。満面の笑みとその傍らには2人の姉妹の幸せな笑顔があった。
施設で過ごしていた認知症のお母様は、食事を拒むようになり入院することになった。しかし、治療を終えても全く食べ物を口にしなかったという。昨年末、医師より余命1か月と宣告される。「人間らしい、母らしい死とは何か?」2人の娘さんからの相談だった。姉妹は話し合いの後、延命は希望せず施設での看取りを選択する。
お母様は年明けに施設に帰ることになった。緊迫した空気の中、初回施設訪問では、施設長との面談に看取り士が同席する。(ご家族に看取り士を紹介していただく)この日はインフルエンザ流行のため、入居者との面会が禁止されており、どうしてもご本人と会うことができない。ご家族の不安と焦りが伝わってくる。看取りを受け入れる体制が整っていない施設側のスタッフも同じであった。看取り士は、姉妹に寄り添いながら面会できる時をじっと待つ。「ご本人の望む最期を迎えられるように」と共に祈りながら。
次の訪問では、医師の回診に立ち会うことになった。お母様は、エンシュア(経口栄養補助食品)を1日3本摂取できるようになり、肌艶も良く唇の色もピンク色。アイコンタクトがとれ、手を握り返してくださり声を出して笑われる。自然の看取りに向けてじっと待つ時間。姉妹は喧嘩もしたが、気持ちを“母ならどう思うか”に沿って話し合ったという。緊迫した状況から緩和されると、少しずつご自分で固形物が摂れるようになっていった。
“時間というギフト”“温かい時間を過ごす幸せ”ありがとうの感謝の気持ちが一杯溢れて。「何よりも私たち姉妹が、心穏やかになっているのが一番の変化です」と。
桜の開花を迎え、春風に抱かれながら念願だったお花見も実現する。お母様の「きれいだね。」の声かけに「心のキャッチボールができるようになり、胸がいっぱいです。」と話してくださった。余命1か月の宣告をされてから半年。最後の定期訪問では施設内を娘さんに支えられながら足早に歩く姿がみられた。
“死を受け入れたからこそ生が生きる”“なにもしないことをする”原点に立ち戻ることの大切さを知る。そして、看取り士会の門をたたいた娘さんは、もうひとつの大きなギフトを受け取ることに・・・看取り学を受講し、この夏、看取り士となった。命がけで幸せへと教え導いたお母様に感謝、合掌
担当看取り士 尾美恵美子