看取り士日記(338)~見事なプロデュース~
師走に入り、寒さが身にしみる頃だった。
助産院を営む長女さんは、すでに看取りについて学ばれていて「生まれる時も、旅立ちの時も、自然が一番いい」と、お一人暮らしの80歳のお母様の看取りを依頼された。
お母様は初めてお会いした時から、地元の話や、趣味だった登山の話をたくさんして下さった。3回目の訪問の時には「昨日、冷蔵庫にヨモギの葉を冷凍していたのを思い出したから、ヨモギ餅を作ったの」「えっ、一人で作ったの」と驚く私に満面の笑みを見せて下さった。
4回目の訪問、明らかに今までと状態が違っていた。翌日かかりつけ医の往診で、いよいよ旅立ちが近いと言われ、ご家族が泊り込むことになった。この家で生まれた次女様の大学生の息子様が「僕がおばあちゃんを看取りたい」と言うので、看取りの作法を教える。
トイレに介助されて行った後「もう参らせて欲しい」と、本人の希望で排尿の管も入れられた。
正月3日の夜中に「呼吸が苦しそうです」と連絡を受け、「看取りの作法をして、呼吸合わせをしてください」と伝えた。日付が変わった頃、お孫さんに抱かれて、呼吸合わせをしていると、お母様の首の後ろあたりから、白い霧が出て、その中に包まれ、大好きな山に登頂したかのような最期だった。
「姉妹で寝食を共にしたのは何十年ぶりかな」「年末年始を家族揃って過ごすことができたのはお母さんのおかげだね」「具合が悪くなる前日には『こんな髪では、正月が迎えられん』と自分で美容師さんに電話をかけてカットしていたのよ」携帯には少し恥ずかしそうに微笑むお母様が映っていた。
ご自宅でお通夜、葬儀を終えて、荼毘に向かう車内には、お母様の大好きだった松任谷由美の「ひこうき雲」がイントロから流れ始めて到着するまで流れていたと言う。
「ベッドは嫌や」「三が日に行くのは嫌やな」「死ぬのはいいんやて、患うのが嫌やな」すべてご自分の思うとおりにプロデュースされて見事な旅立ちをみせて下さった。お別れをして、外に出ると、東の空がオレンジ色に光り輝いていた。
初めての看取りでたくさんの学びを頂いた。命を預けて下さったこのご縁に心から感謝 合掌
担当看取り士 小川みさ子
文責 柴田久美子