看取り士日記(289)~希望の先の慈愛の世界に~

看取り士日記(289)~希望の先の慈愛の世界に~

2019年04月11日(木)10:27 PM

 平成という時代の最後の年明けの頃に、一本の電話を頂く。

「母を家に連れて帰りたい。お手伝いをお願いします」

 初回訪問は6人部屋の病室だった。ご家族の居場所もなく、お母様の土のような顔色を忘れられずに病院を後にする。

 

 2日後、住み馴れたご自宅に戻られたお母様のお顔が、穏やかなピンク色に戻った。目を開けて、ご挨拶にうなずいてくださる。

「母を自宅で看取りたい」息子さんのこの決心と覚悟が、家族のみんなを動かし、ご家族の暮らしが動き始める。

 朝、顔を洗いカーテンを開け、光を感じる。もう食べることはできなくても、共に食事の時間を過ごす。楽しかったお話をたくさん。ありがとうをたくさん。

 夜、闇を、星を、月を感じ、床に就く。お部屋の中にはピアノ曲の童謡。「ゆりかごの歌」が流れている。

「ゆりかごの歌を/カナリヤが歌うよ/ねんねこ/ねんねこ/ねんねこよ」

 自分が眠った時、呼吸が止まってしまうのではないか。不安で目を離すことができない息子さんは、休まれる時はお母様のベッドに添い寝をして過ごされている。

 その姿は幼い頃、なかなか寝つかない息子をやさしくやさしく、寝かしつけているお母様の姿に重なって視える。お母様との愛おしい時間を抱きしめられている。

 

 暮らしが始まって10日。その時はいつ……。あと何日……。

 どうしても引き算をしてしまう心。

 お母様は「今日一日が無事に過ごせて良かったよ、ありがとう」と一日、一日を足していくことの喜びを、身をもって教えてくださる。

 そして翌日、夜半過ぎ。祈りの折り鶴は大きな鶴となって静かに静かに旅立っていかれた。

 ご家族が少しうとうととされたのを見届け、安心されるかのように……。

 母の愛は、いつも、いつまでも子供たちに降り注いでいる。

 

 出産をすることで女性はいのちに出遇う。

 男性が、自ら、「看取り」でいのちに気づいていける時代に、社会に一歩ずつ変わっていく。

 希望と慈愛の世界を教えてくださった皆様に心から感謝 合掌


担当看取り士 岡 亜佐子



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