看取り士日記(298)~奇跡の出会いに導かれ~

看取り士日記(298)~奇跡の出会いに導かれ~

2020年01月14日(火)10:09 午前

 紅葉が人生の終焉の美しさを語る。

 オーストラリアから一通のエアメールが届く。5枚もの分厚いお手紙だった。

 

 その方との出会いは、電車の中で席を譲り合い大笑いになった所から始まった。

 10人ほどのオーストラリアからのお客様だった。私はちょうど映画「みとりし」の舞台挨拶に行くところだった。なぜかとても親しみを覚え、看取り士の名刺と映画のチラシを渡して別れた。

 彼女はオーストラリアに帰ると私の3冊の著者を取り寄せて読んだと言う。

 「母を看取ると言う経験以来、ずっとずっと思っていたことを久美子さんが的確な言葉にしてくださっていたことが本当に嬉しかったです」と綴られていた。そしてその後、お母様との別れを切々と綴ってくださった。

 

 「母の意識ははっきりしていたのですが、病院食があまり食べられず病院は母に食べさせる時間が長くかかるので、鼻から管を通し毎日せっせと栄養を流し続けました。それを見て私はフォアグラを作るとき鴨に無理矢理、餌を喉から流し入れるのと同じだと思いました。鼻からの管が気持ち悪いので母が抜いてしまうため、手には大きな重い手袋をさせられていました。試しに母がつけられている重い手袋を私がつけてみたところ、1時間でギブアップでした。重くて暑くて本当に辛いのです。

 医師に管を外してほしいとお願いしても叶いませんでした。母が好きだった『置かれた場所で咲なさい』と言う言葉を思い出し、祈りました。幸いにも最後は素晴らしい施設に入所でき、母のベッドに入り込んで過ごしました。私がマントラを唱える中で母は静かに死を迎えました。死は全ての人が必ず迎える物、忌み嫌うものではなく、光と喜びに満たされるべきもの。

 これからも久美子さんにマザーの愛とエネルギーがたくさんたくさん注がれますように」

 移動の新幹線の中でこの手紙を読みながら胸が熱くなり思わず涙がこみあげる。

 ほんの3分ほどの出逢いがこんなにも素晴らしいギフトを私にくれた。

 

 私の夢は、マザーテレサの夢の続き「全ての人が最期、愛されていると感じて旅立てる社会を創ること」。この夢を胸に30年間活動してきた。たったひとりからはじめたこの活動も、今では900人を超える看取り士が共有してくれる。

 数々のご縁は神仏の贈り物。私の心に沢山の方々の真心が宝石のように輝く。

 私を導いて下さる全てのご縁に感謝 合掌



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